火曜日カーミュージアム32回目「プリンスグロリア(総計二代目)」

皆さんこんにちは、夏野勇です(*´▽`*)『雨は壊れたピアノ』といいますが、最近の雨は『雨は壊れたスピーカー』ってところでしょうか。それくらいすごい雨が続いていました。

本日は『二代目プリンスグロリア』を紹介します。

二代目グロリアことプリンスグロリアは1962年9月に製造開始されました。ちなみに製造元の『プリンス自動車』はまたの機会に詳しく説明します。

それまでの初代スカイラインの1900ccモデルの豪華版から脱却し、幅広で車高の低いプロポーションと船のデッキをイメージしたという直線基調のデザインが特徴でした。また、ボディを一周する装飾モールから『鉢巻グロリア』の愛称を頂戴しています。プリンスは装飾モールの反射で夜間の視認率を上げるという独自のデザイン傾向がありました。

前輪はダブルウィッシュボーン、後輪をド・ディオンアクアクスルを採用し、操作性安定性も抜群でしたが、反面バックボーン式トレー型のシャシ(プラットホームフレーム)に固定されたプロペラシャフトと後輪デフギア(差動装置)から籠った不快な異音がすることで、よくクレームの的になったそうです。

エンジンは直列四気筒1900ccのG2型エンジン、直列六気筒2000ccのG7型エンジン、直列六気筒2500ccのG11型エンジンの三つ。

そのうちG7型は日本初のSOHCエンジン、そして当時小型車枠唯一の六気筒エンジンの車として『スーパー6』という上位グレード搭載され、最高時速155キロを出しました。またG11型は最上位グレードの『グランドグロリア』のみに搭載し、最高時速170キロをたたき出しました。

この二つは宮内庁に多数公用車として納入され、一部は皇族方も自家用車として愛用しました。また皇太子時代の今生天皇もグランドグロリアのストレッチモデルを愛用して、当時皇太子妃だった美智子様とのテニスへのドライブを楽しんでいたそうです(そもそもグランドグロリアのストレッチモデルが生まれたのは陛下が「私は良くても、美智子が後ろで狭そうに……」とプリンスに自ら注文を入れたらしい)。

これにより『宮内庁とのつながり』を持てたことで、プリンス自動車は御料車開発(後の日産プリンスロイヤル)の受託を受けるきっかけになったと言われています。

またレースでも無類の強さを見せ、第二回日本GPではGR7A型エンジン(G7型のレース用に改造したモデル)を搭載したグロリアスーパー6が同じクラスのトヨペットクラウンや日産セドリックを大差で抑えて優勝した経歴もあります。

しかしながら、華々しい性能に実績とは裏腹に販売面では思うようにいかず、在庫が工場にあふれかえり、その在庫からは夏場の高温で接着剤による内装を変色させてしまう品質不良も起きたそうです。この直前には開発陣、及び経営陣が懲罰人事に晒されるという、このグロリアは早い段階で『失敗作』だった、と言われていたそうです。

プリンスは車一台の開発費は当時の他のメーカーと比べても非常に高額で、売れなければ会社が傾くという危険を慢性的に抱えていました。この採算を無視したかのような凝り性気質が、後の日産への吸収合併という悲劇へつながっていきます。


『この車程降臨するという言葉が似あう車は私は知らない。月の生える海岸を走るグロリアは、装飾モールの多さに相まってまさに月から降臨したような輝きを放つ』

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